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talkingdoll

カメラとへんてこなものを愛するフリーランス。カメラ、映画、へんてこなどのネタをつぶやきます。

野村克也「野村の遺言」

野村の遺言」を読んだ。野村克也氏の本である。

野村の遺言

野村の遺言

タイトルを見た時は「ノムさんに何かあったのか?」と思ってしまったが、そんなことはちっともなく、中身はいつものノムさんである。

野村克也氏が、今のプロ野球に言いたいことを書いた本だ。面白いですよ、これ。

野村の遺言

野村の遺言

 

プロ野球

ワタクシは以前はプロ野球をよく見ていた(というより熱狂的なファンだった)が、最近はまったく見なくなってしまった。

ファンの方には申し訳ないが、ぶっちゃけた話、ムダに長いと感じるようになってしまったのだ。

プロ野球の後に高校野球のテンポを見ると驚く。テンポが速いからといって、そこに間や駆け引きがないわけではない。

プロ野球の「間」ってなんなんだろうと思っていた。

今のプロ野球は間を生かしていない

そこでノムさん本である。

「野村の遺言」では、「今のプロ野球は間をまったく活かしていない」からはじまり、一球ごとに生じる間(ま)の重要性をこれでもかというぐらいに説いている。

ノムさんがいつも言っていること(本で書いていること)でもあるが、ワタクシはあらためて、そうだ、これなんだよなあと思った。

間がただの時間になってしまっているんだ、たぶん。だから、面白いと感じなくなったんだろう。

間のこと

間というのは難しい。

たとえば、好きな選手やかっこいい選手がいれば、みているだけでもたのしいだろう。だからすぐに投げたり打ったりしなくても、見る側にとっての間はそれで埋まっている。

だが、そうでない選手の場合は、何かがないと見る側にとっては間が持たない。ファン側の勝手な理屈ではあるが、ワタクシはこれってかなり大きいと思うのだ。

その間に何を見たいのか。ワタクシは意地や執念、一生懸命さ・・・それらが見えれば、その選手をもっと見たい、応援したいと思う。

だが、何も伝わってこない場面がずーっと続くと「どうなんだ、これ」と思ってしまう。

次回につづく。

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