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talkingdoll

カメラとへんてこなものを愛するフリーランス。カメラ、映画、へんてこなどのネタをつぶやきます。

いろいろな「吾輩は猫である」

このところ、気の向いたときだけだが音読をしている。特別な意味はなく、ちょっとやってみたら妙にたのしかったからである。

吾輩は猫である

最初は、手元にある小説の帯や宣伝文だけを読む程度だったのだが、せっかくだからと、夏目漱石の「吾輩は猫である」にチャレンジしてみることにした。

吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)

数分ずつと決めて、気が向いたときに読んでいるのだが、黙読とはまた違った感覚があってたのしい。

音読をしてみると、夏目漱石の文章のすばらしさがより実感できる気がする。いやぁ、本当に美しい文章で、たまりませんなあ。

吾輩は猫である」といえば、この表紙は違う気がしてならない。

吾輩は猫である 朗読CD付 (海王社文庫)

 吾輩は猫である アニメ版


I am a cat 01

吾輩は猫である」といえば、アニメ版も味があっていい。

猫のデザインは、じゃりン子チエはるき悦巳氏によるものだが、そのままじゃりン子チエに出ていても何の違和感もない、すばらしいデザインである。

この絵柄が合っているかどうかはさておき、雰囲気自体はよく出ているのではないだろうか。

この表紙もいい

表紙でいえば、これもすばらしいデザインだ。

近代文学館〈〔35〕〉吾輩ハ猫デアル―名著複刻全集 (1968年)

かっこよくも見えるし、よく見ているとじわじわとくるデザインだ。顔やハイブリッドボディに目がいくが、手元もぜひ見てほしいデザインだ。

まとめ

こうしたすばらしい作品に触れることができるのは、幸せ以外の何者でもない。ワタクシは、古い作品の表紙は、古い作品らしいほうがいいと思う。

これは小説だけではないが、なんでもかんでも、かわいいとかマンガ的なデザインにする必要はないように思うぞ。

 

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