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talkingdoll

カメラとへんてこなものを愛するフリーランス。カメラ、映画、へんてこなどのネタをつぶやきます。

折原一作品と「叙述トリック」の面白さ

ミステリを読み始めた頃、折原一先生の小説はワタクシにとって大変な衝撃だった。「叙述トリック」の面白さに度肝を抜かれた覚えがある。

潜伏者 (文春文庫)

本来は「叙述トリック」言ってしまうこと自体がネタバレになるのだが、折原一先生の場合は、「叙述トリックであることをたのしむ」のが正しい読み方だ。

文章を味わうんじゃない、「叙述トリック」を楽しむんだ

折原一先生の作品は文章が合えばだが、初めて読むという人にとってはかなり面白いのではないかと思う。ただ、あくまで「文章が合えば」である。

というのも、折原一先生の文章は、こういう言い方をするのはアレだが、かなりひどい。いや、ひどいといっても、なんとか鬼ごっこの作者とかよりは、遥かにいいのだが、小説のたのしみに「言葉の美しさ」「表現の妙」「言語感覚」などを期待している人は、間違いなく裏切られるだろう。もちろん、勇気や明日への活力をくれる小説でもない。

沈黙の教室 (ハヤカワ文庫JA)

そう、ただただ「トリックをたのしむため」の小説である。人物やテーマも、あくまでトリックのための駒なので、そう割り切って読めばまず裏切られることはないだろう。感情移入はしないほうがいいし、当然、倫理観や道徳観も求めないほうがいい。

いさぎよさ

折原一先生の文章は、余計な味わいがない分、トリックに集中しやすいのが特長だ。これが、ウイリアムアイリッシュの「幻の女」のような文体だったら、折原一先生らしさが削がれてしまうことだろう。

幻の女〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

幻の女〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

小説のスタイルには様々な好みがある。一昔前なら、折原一先生でもシナリオ的、台本的と言われたかもしれないが、今の日本の小説はもっと台本っぽい。そのほうが売れるのかもしれないが、味わいがないのはさびしくも思う。

聞いたところでは、今は文章の行数も、1つの文の文字数もグッと減らさないと、読んでもらいにくい傾向にあるのだとか。日頃、ネットやらなんやらで文字に触れる機会は昔より増えていると思うのだが、文字だけという問題ではないのかもしれない。

実際の事件をモチーフにした作品

折原一先生の小説は、実際の事件をモチーフにしているものもある。

失踪者 (文春文庫)

実際の事件をモチーフにしたものの中でも、未解決事件をとりあげるのは難しいもので、とりあげられる事件によっては違和感を覚えるところも多い。「あくまでトリックのため」のつくりなので、未解決事件マニアの人には厳しいつくりかもしれない。

まとめ

折原一先生の小説は、ハマる人にはたまらない小説だ。ただし、それも3冊目ぐらいまでだ。だいたいのパターンがあるので、面白いからといって、一気にたくさん買ってしまうと、飽きてくるので注意が必要だ。飽きてくると、文章に味わいがない分、非常につらい。

また、「~者」というタイトルや、表紙も似たようなものが多いので、読んだものはメモをしておくのがオススメだ。

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