収納スペースにあった量のモノを持つ
片づけネタの続きである。部屋が片づいた状態をキープしていて思うことがある。
それは「収納スペースにあった量のモノを持つ」ことの大切さである。
まあ、当たり前といえば当たり前のことだが、「しまうところ以上にモノを持つのはいかがなものか」と強く思うようになった。
モノを入れるところがない!
片づけ前のワタクシの部屋は、完全にそれをオーバーしていた。
一番は本。本棚はいくつかあるのだが、そこに入る十倍以上は本があったように思う(笑)。
捨てる前は、それなりに大事な本ばかりと思っていたが、実際に片づけてみるとそんなことはまったくなかった。「なくてもちっとも困らない」のである。
おさまる範囲でやりくりする
要は、最初から本棚に入る量で十分だったのだ。本を増やしたければ、その本棚の中におさまる範囲でやりくりすればいい。
ちなみに、本を手放す際に気になるのは「また読みたくなったらどうしよう」という点だろう。
これについてはワタクシも心配だったが、実際に捨ててみてわかったことがある。
本というものは、興味がどんどんと広がっていく&移っていくものだということだ。
これまでに何度も繰り返し読んできた本ではない限り、自分の興味や関心はきっともっと先にすすんでいる。そう思うようになった。
ためていくのではなく、入れ替わっていくもの。本とはきっとそういうものなのだろう。
置く場所がなければ散らからない
昨日は「置く場所があるから散らかるのでは」という話になった。その続きである。
このことについては部屋ではないのだが、車で同じような経験をしたことがある。
車にごみ箱(またはごみ袋)を置かないようにしてから、まったく散らからなくなったのである。
車にごみ箱を置かない
それまでのワタクシは、車にごみ箱を設置していた。すぐ手の届くところ、すぐ捨てられるところにつけていた。
最初に車を買って以来、ずっとそうしてきたので、置かないと決めた時はそれはもう不便だった。
たとえばガムの包み紙や飴の袋。車にごみ箱がないわけだから、家に持って帰らなくてはならない。
ポケットに入れる、飴の大袋に入れるなどして持ち帰るわけだが、これがまた美しくない上に大変にめんどくさいんだ(笑)。
そうすると、だんだんと車でガムや飴を食べなくなってくる。
で、面白いもので、そのうちに「ガムや飴を食べなくても困らない」ことに気づいてくるんだ。
「なんとなく」がなくなる
つまり、ガムや飴を「なんとなく」食べていたケースが多かったわけだ。そう、ワタクシの部屋が散らかっていた理由と一緒。なんとなく買う、なんとなく捨てられない、の「なんとなく」だ。
これと同時に、車の中に余計なモノを置くということがなくなった。たぶん自分の中で「モノを置く場所」ではなくなったのだろう(ごみ箱もそもそもで考えれば「ごみを一時的に置く場所」だ)。
ここまで書いて気づいた。そもそも車はモノを置く場所じゃない(笑)。
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床に置かない、モノを積まない―片づけ後にずっと気をつけていること
昨年、部屋の片づけをしたことをこのブログに書いた。あれからずっとキレイな状態をキープしている。
部屋のスペースもずいぶんと広がったが、これに慣れてくるともっと片づけたくなってくる。おそらく、こうして人は片づけ魔、捨て魔になっていくのだろう。
床に置かない、モノを積まない
さて、なぜ散らからなくなったのかを自分なりに分析してみると、非常に単純だ。
「床にモノを置かない」「積まない」たったこれだけのことである。面白いことに、たったそれだけでも全く散らからないのである。
スペースの重要性
ワタクシの場合は、床にモノを置くと、その上にまた何かを置いてしまう癖がある。
本を積むタイプの人はよく分かるだろう。1冊積むと、その上に何冊も置いてしまい、次第にそこが「本の置き場」のようになってしまうのだ。
ワタクシにとってはカゴも同様で、モノがいっぱいになると、その上にまたカゴを積む癖がある。なので、いったんカゴを置いてしまうと、そこが定位置になってしまう可能性が高い。
そんなわけで「床に置かないこと」が大きなポイントなのである。
床は置き場ではない(笑)
そもそも考えてみれば(というか、当たり前のことであるが)、床って置き場じゃないんだよな、ということである(笑)。
ワタクシの場合は「床に何かを置く→その上に積む」というパターンだったので、「積まない」ことにも気をつけてみた。
机の上に本を積まない、ノートを積まない、お菓子の上にお菓子を積まない(笑)。
こうしたことを気をつけるだけで、まったく散らからなくなった。
置き場がなければ散らからない
これをみるに「置き場があるから散らかっていた」とも考えられそうである。置き場があるから置いちゃうんだよな。
次回に続く
こりゃあ面白い!「ブロブ/宇宙からの不明物体」
「ブロブ/宇宙からの不明物体」を観た。
まいった、こりゃあ面白い!
みよ!この素晴らしい予告編を
『ブロブ 宇宙からの不明物体』 予告編 日本版 コロンビア(トライスター)
上に挙げたパッケージ、予告編をみていただければ分かるだろう。古い映画である。1988年の作品だから今から30年ほど前の作品になる(ちなみに日本での公開は1989年)。
時代という制約がつくる「怖さ」
今の技術と比べれば稚拙に見える部分もあるが、それでもこの映画、相当に怖い。上の予告編では38秒あたり~のシーンをぜひみてほしい。
男が流しに吸い込まれるシーンだが、おそらく今の時代であればCGを使い、もっと凝ったアングルにするのではないかと思う。
だが、凝っていないアングルだからこそ、この流し台のシーンは生々しさと尋常でない恐ろしさがある。恐ろしいものをみてしまった・・・という目撃者そのものな気分になる。
本編は予告編以上に、素晴らしいシーンのオンパレードだ。技術的にはVFXメインだが、異様な生々しさがある。素晴らしいですぞ、この作品は。
スティーブ・マックィーンの人喰いアメーバの恐怖
今回紹介している「ブロブ」、実はリメイク版である。もとは1958年の「人喰いアメーバの恐怖」である。
なんとスティーブ・マックイーンの初主演作品である。予告をみてみると、スティーブ・マックイーンの圧倒的な存在感に驚かされる。
ちなみにこの作品、日本ではタイトルがいくつかあって「スティーブ・マックィーンの人喰いアメーバの恐怖」「SF人喰いアメーバの恐怖」「マックィーンの絶対の危機(ピンチ)」と、媒体によって少しずつ違っている。
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まとめ
「ブロブ」のパッケージは、みるからに地雷っぽくみえるが、ぜひ勇気を持ってみてみてほしい。
パニックホラーに欲しい要素が全部盛りの非常にぜいたくな作品だ。もちろん、無駄にいちゃつくカップルが悲惨な目に合うというお決まりもしっかりマークしている。
おすすめの作品だ。
小説の水増し・引っ張りについて 2
前回の記事のつづきである。小説に何を求めるか―それによって、水増し・引っ張りのとらえ方は変わるだろう。
先日読んだ本に逢坂剛氏の「のすりの巣」がある。「のすり」は漢字で書くと、環境によって変換できないことがあるようで、ネット上ではひらがない表記されることが多い。
表紙では漢字になっているが、ネット書店でも「のすりの巣」と表記されることが多い。
さて、この小説、それなりに面白いのだが、逢坂剛氏の小説を読んでいる人ほど「?」と感じる部分があるのではないだろうか。
それは「あれ、このパターン、どっかであったんじゃね?」という点である。外面は変えているものの、骨組み自体はほぼ同じという作品が氏の本にあることに気づくはずだ。
あらたな人物(や事象)を足せば厚い本ができる、というわけだ。
そこで、シリーズを重ねた「墓標なき街」である。のすりで嫌な予感を感じていたが、こちらはずいぶんと厳しい内容になってしまった。
薀蓄、同じような話の繰り返しが多く、もろに水増し・引っ張りが目立つ作品になってしまっている。
悪いとは言わないが
こうした方法は、おそらく量産するためのテクニックなのだろう。だが、あまりにそれが見えすぎてしまってもどうなんだと思うのが、読者である。
昨今は、長い文章が読めない読者が増えたという話を聞く。頻繁に場面を変えないと飽きられる、会話のほうが読んでくれる―そういう傾向もあるのだろう。
それらが重なって出来上がったものが「薄いもの」であれば、「合わせる層が違うのではないか」というのが、ワタクシの思うところである。
小説の水増し・引っ張りについて
小説において「連載→単行本」は定番だが、一気に読むと水増し・引っ張りが目立つものがある。
今回はそんなお話を。
ここ最近、黒川博行氏の小説にハマっている。どれも大変に面白く、ハズレが少ない作家の1人だろう。
ただ、先日読んだ「落英」はどうなのだろうと思った。いや、面白いのは面白いのだ。だが、1冊の本としてみると非常にバランスが悪いように感じた。
連載の弊害
この小説はもともと日刊ゲンダイに連載されたものである。連載時にリアルタイムで読んでいれば気にならないだろうが、一気に読むと部分部分でものすごくバラつきがある。
面白い部分もあるが、水増しや引っ張りに感じられる部分も多い。
黒川博行氏の小説といえば会話の妙があるが、この作品に関してはキレがないどころか、ページ稼ぎのように感じられる部分も少なくない。
頻繁な場面転換
ワタクシが最も気になったのは、場面転換の多さだ。タイプは違うが、薬丸岳という小説家がいる。
薬丸岳氏の小説には一時期、かなりハマっていたのだが、途中であることに気づいた。やたらと場面が切り替わるのである。
最初はそれほど気にならなかったのだが、発刊ペースがあがるにつれて、この点がやたらと気になるようになってきた。
おそらくは。
何らかのモノづくりをしたことがある人なら、経験したことがあるだろう。ごたごたと飾り立てるとごまかしが効くんだ。芯が甘くても、要素を増やすとそれっぽく見えるようになる。
頻繁な場面転換は、これに近いんじゃないかと―。ワタクシはそんな気がする。
そして恐竜は鳥になった
今回は、最近読んで面白かった本を紹介しよう。「そして恐竜は鳥になった」である。
これは抜群に面白かった1冊。昔は「恐竜は絶滅した」というのが定説だったが、最新の研究ではそうではない。
この本は「恐竜がどうやって鳥になっていったか」を非常にわかりやすく、面白く語っている1冊だ。そう、今の研究では「鳥は恐竜」なのだ。
こうした流れを受けて、最近の恐竜の絵には羽毛が生えているものが多い。
ページもさほど多くなく読みやすい1冊なので、興味のある人はぜひ読んでほしい。
恐竜には夢とロマンがある
それにしてもなんと夢のある話なのだろう。まさか「恐竜が絶滅した」という定説が覆される時代がくるとは思わなかった。
このジャンルはこれからますます面白くなりそうな気がする。
関連というわけではないが、今興味があるのはこの本。
原題は「Out of Thin Air」で「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」なんて言っていないという、映画でよくある「日本向けのタイトルを勝手につけちゃいました」パターンである。
だが、レビューを見るに相当に面白そうな1冊だ。
「BOOK」データベースには次のように書かれている
なぜ、鳥はヒマラヤ山脈の上を苦もなく渡っていくのか?答えは恐竜の生まれた時代の酸素濃度にある。地球誕生以来、大気の酸素濃度は一定ではなかった。高酸素時代に繁栄した生物も、低酸素時代には一掃される。最新の研究によってわかった過去6億年の酸素濃度の推移グラフによって、進化の謎を解き明かす。
いや、もうたまらんね、こりゃあ。
まったくもって、夢とロマンにあふれた世界である。
恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた (文春文庫)
- 作者: ピーター・D.ウォード,Peter D. Ward,垂水雄二
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/10/08
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